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アイメイト(盲導犬) ウェイ

盲導犬 国産第一号 チャンピイの紹介です。アイメイト(盲導犬)の育成と歩行指導を通じて、視覚障害者の自立を支援する協会のサイトです。 メニューをスキップして本文へ

盲導犬
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アワ ウェイ 国産第一号チャンピイの誕生

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歩行指導のようす(大森付近)
左側は創設者塩屋賢一 >>

チャンピイと一緒に
自由に街を歩く >>

手前が泥水でぬかるんでいるよ
…と教えるチャンピイ >>
 
当時、列車に乗る際には
犬は貨物として運ばれていました >>

一日歩き回った
チャンピイの足を洗う二人 >>

12才の生涯を閉じるまで
チャンピイは河相さんと一緒でした >>

過去と未来を結ぶもの 河相洌

『国産第一号誕生40周年記念文集』に、河相さんが寄せてくださった原稿です。

 一口に40年というが、それは長い道程だった。そしていま、700頭の盲導犬が世に送り出されたことを、すべての人とともに祝福したいと思う。さて、塩屋賢一さんと『チャンピイ』、そして私のめぐり合いについては、すでにいろいろな場で語ってきたので、ここでは多くを語る必要はないであろう。しかし出会いの源を考えると、私は一つの思いに至らざるを得ない。

 昭和32年、チャンピイが第一号として誕生したのは、ひとえに塩屋さんの力に負うものである。まったく未知の世界に無から挑戦し、独自の方法論を確立して実践した塩屋さんの努力に、私は無条件で脱帽する。私などその協力者としてお手伝いをしたにすぎない。だが、静かに振り返ってみれば、もし、あの時チャンピイを私に下さったノーベル大佐に、私が出会っていなかったら、また、そのチャンピイが盲導犬としての適性を持っていなかったらどうだったろう。さらに、塩屋さんと私が出会っていなかったら……。

 これらのことが自然に結びついたことから、日本の盲導犬の歴史は開かれ、今日の成果を生むに至ったのである。この事実をわれわれは、人間の次元だけで考えてはならないと思う。人知を超えた大きな何かがわれわれを支えていたのであって、塩屋さんも私も、大きな手に導かれて動いていたのだといえる。

 昭和32年の盛夏、チャンピイとともに私たち二人は第一号の完成を目指し、ひたすら歩きに歩いた。とくに塩屋さんは健康上の問題を抱えながら、それをおして三週間の労苦に耐えられた。このことは人間として敬意に値するが、それを克服し得たことも、やはり大きな恵みが私たちの上に与えられたのだと思う。われわれは謙虚に、この一点に思いを馳せなければならない。いまの時代には、この謙虚さが忘れられ、すべてのことが、自分の力でなされたという錯覚が支配的である。だが、ここに落とし穴がある。

 昭和40年、日本盲導犬協会が設立され、その後東京盲導犬協会、アイメイト協会と幾多の変遷を経て今日に至っているが、その間、順風に帆どころか、風雪の時代が長く続いた。それを乗り越え一つの節目にたどり着いたことは、塩屋さんご夫妻の努力の結果であり、心から敬意を表するものだが、同時に多くの人を介して、これを支えられた偉大な力を私は信じ、感謝したいと思う。

 これからもアイメイト協会を先頭として、盲導犬の育成は発展してゆかなければならない。それには、育てる者と使う者との協力が不可欠である。その協力は、お互いに外を見るのではなく、まず自己の内側を見つめ、謙虚さから出発する自覚がなければならないと思う。私はこのような想いで未来を見つめている。

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