『歩き始めたばかりです』 浮田久美子
>>本文を読む...ふとある人の言葉を思い出す。「あなたは、格好ばかりつけて、いい気になって出すぎているのではないか」そんなことはないのだけれど、他人が見れば、そんなふうに見えるのだろうか。ソレルと暮らし始めて「いってみよう、やってみよう」の気持ちが、私を新しい世界に連れ出してくれたのに、結局それは、でしゃばりにしかすぎないのだろうか.../本文より
『緊張のヨロイが取れた』 佐藤治子
>>本文を読む...それはセピア色のボタン雪と、くだけた蛍光灯のような光の吹雪が、渦を巻き波を打つ。その向こうに人影その他が、ボンヤリゆがんで見えたり流れたりする。そういうブラウン管を両目にはめこんで、歩いているようなものである.../本文より
『アコルスがくれた喜び』 岸田昌子
>>本文を読む...これまでも別に歩くことが嫌いだったわけではありませんが、それは目的があってのことでした。でもいまは、暇な日曜日の午後など、アコと二人で土手を散歩したりするのが楽しみの一つになってきました。「この道を行くとどうなるんだろう?」とか、「この道はどこに通じているんだろう?」と冒険心がわいてきて.../本文より
『ジャクリーンと出会えて』 田代弘子
>>本文を読む...ジャクリーンは東京育ちなので、農村に来ていろいろの物に驚くことがあります。農道を散歩しているとカエルがぴょんと飛びます。ジャクリーンもあわててぴょんと飛びます...また、白鳥が帰り支度のために、湖からわが家のたんぼのほうへ餅をあさりに集団でおしかけて来ます。百羽以上いるのでしょうか。ガーガー、ガクガク、ゴーゴーという白鳥の鳴き声に、ジャクリーンは怖いよ、怖いよというように私に合図をします。.../本文より
『閉ざされていた心の扉が開く』 横山慶子
>>本文を読む...健康を取り戻し、歩行に自信もつき、健康を維持するために、若かった頃、見て聞いて興味を持ったスポーツの一つのマラソンに意欲を燃やす。情報を集め、環境にも恵まれ、湘南四葉ランニングクラブ(健常者)の部員として所属。平成元年五月から基礎からの指導が始まった。おぼつかぬ足どりで、百メートル走っては歩き、という繰り返しだった.../本文より
『アメリカの乗馬療法に参加』 吉田美津江
>>本文を読む...二十五年前、これからはなんでも自分で好きなことができると、意気揚々希望に胸膨らませ、塩屋先生に「馬に乗ってみたいのですが、アイメイトと行っても、犬はジェラシーを感じないでしょうか」との私の問いに、「大丈夫でしょう、行ってごらんなさい」といわれました。その機会は、お金も暇もなく、子育てに追われていて、やっとあの時の思いが果たせた時、アイメイトは四代目になっていました.../本文より
『お手伝いする犬』 関和子
>>本文を読む...けれども、一つだけ二十五年前と変わっていない点があると、私は感じている。それは、毎日一度は耳にする「おばちゃんを連れて行ってあげる犬なのよ」という声である。この言葉は、見えない人には過小評価であり、犬にとっては過大評価であって、どちらにも失礼であり、気の毒である.../本文より
『フィットと ともに』 伊東直俊
>>本文を読む...フィットと一緒ならどこへでも行けると希望に燃え、協会を卒業し行動を開始した時から、行く先々でトラブルが発生、アイメイトに対する社会の無知とぶつかった.../本文より
『変化』 駒形美智子
>>本文を読む...この状態を維持し続けるのに手は抜けない。異物の彼女が周囲に不快感を与えたり、迷惑をかけるようになったら最悪の場合、職場を辞めざるをえなくなることは、過去の経験で身にしみているからだ。これは、一般社会でもいえることだと思う。使用者の「近所づきあい」も重要なのである.../本文より
『別れゆく君に ありがとう』 佐藤由紀子
>>本文を読む...「そろそろウエンディーの将来を考えてやりなさい。ずいぶん年をとった顔になったよ」私のアイメイト「ウエンディー」の歳を尋ねた後で、塩屋先生はおっしゃった。昨年十二月、ウエンディー十歳五カ月の冬だった。多分その時、私は決心したのだ。可愛い君をリタイアさせることを.../本文より
『別れと出会い』 菊池崇
>>本文を読む...ブラウンとの別れに感傷的になる暇もなく、すぐに新しいアイメイトの「ポール」と引き合わされた。ブラウンより一回り小さいポールは不安なのか、クンクンと私のにおいをかぎながら、しきりに私を観察している様子だったが、「ポール、よろしく」と声をかけて背中をなでると、私の足に自分の前足を乗せて「主人にしてもいいよ」というように体を寄せてきた.../本文より






