いつも笑顔、明るい家族

アイメイト使用者の中には、もともと犬に触れたことがない人も多い。石田名奈江さんもその一人。「子供の頃に犬に飛びつかれて以来、怖いです。今もアイメイト以外の犬はダメ」そう言いながらアイメイトに顔を寄せ、満面の笑みで体中を撫でる。

もともと犬が苦手だった人がアイメイトを大事にできないかというと、そんなことはない。犬が寄せる無償の愛に応えない方が難しいだろう。それは家庭犬でもアイメイトでも同じだ。石田さん一家でも、アイメイトの純粋さが家族の笑顔の源になっている。

最初の出会いで悲鳴

アイメイト協会で歩行指導を受ける間は、自分の犬と同じ部屋に寝泊まりする。石田さんが歩行指導に入り、初めて自分のアイメイトになる犬と出会った次の日の朝のこと。個室で引き紐を持って指導が始まる時間を待っていると、アイメイトが石田さんの膝にぴょんと飛び乗った。

「キャ〜!」悲鳴を聞いて歩行指導員が飛んできた。「犬が飛びついたんです」「それがどうしたの?嫌だったら叫ぶ前にチョーク(引き紐を引いて「いけない」という意思を伝えること)したらいいでしょ」歩行指導員が去ると、石田さんは一人部屋でブルブル震えていた。塩屋隆男理事長にも、アイメイトの口に指を入れて歯の本数を数えてみなさい、と言われた。「入れてみましたけど数えはしません。おっかないですからね(笑)」

意識を変えた2つの経験

幼い時に視覚に障害を負ったが、しばらく白杖を使わなかった。通学路でも杖はかばんに入れたまま。「小学校から盲学校に行ったのですが、それで初めて自分が視覚障害者だと分かった。杖をカバンから出すのは嫌でしたね。自分が目が見えないということを、受け止めたくなかったんだと思います」

18歳まで、わずかに見える狭い視界を頼りにした。ところが、ある日駅前のロータリーを歩いていると、車のタイヤが足の甲の上を通過した。自分だけではない。車の運転手もあ然とした。「君、見えないの?」相手を非難するより、自分が恥ずかしかった。「ああ、杖を持たないと人に迷惑をかけちゃうんだな」次の日から、白杖で歩き始めた。

アイメイトを持つきっかけも車だった。結婚して二人の娘を授かり、郊外の住宅地で暮らし始めたある日のこと。いつものように子供を保育所に送り届けた帰り道だった。家のすぐ近くの私道からバックで出てきたトラックが体をかすめた。トラックが大音量で音楽をかけていたため、判断の目安にしていたウインカーの音が聞こえなかったのだ。慣れきった自宅の目の前で、あわや事故に遭いそうになったことが信じられず、その場に呆然と立ち尽くした。それを聞いたご主人が、迷わずアイメイトの歩行指導を申し込んだ。

姉妹それぞれの優しさ

アイメイトの名を呼ぶ時は、いつも自然と満面の笑みが広がる。出会いから7年。アイメイトが来てから行動範囲がぐっと広がった。生活を共にするうちに、自然と恐怖心が消えた。今では「子供よりアイメイトの方がかわいい」と冗談を言うほどだ。長女は中学2年、次女は小学6年生。母親として、アイメイト使用者として、どちらも板についてきたと思えるようになった。鍼灸師としてのキャリアも順調だ。週に1回、アイメイト歩行でグループホームへ出張マッサージに出かける。

「お姉ちゃん(長女)は厳しいですよ!ヘルパーさんを頼もうとすると『犬がいるのに、このうえまだ人を使おうとするの!』ですもんね」。それは母を想う心の裏返し。まだアイメイトが来たばかりの頃、自転車で前から突っ込んでくる役を買って出て、家の近くの狭い歩道を歩く練習に協力したのも長女だった。「じーっと見ていて、本当にできないことにだけ手を貸してあげようというタイプですね」。妹は、ほかの視覚障害者からも評判がいい。視覚障害者の集まりに連れていくと、席を立った人のそばにスッと寄っていって「トイレ行きたいの?何か買いに行きたいの?」と声をかける。「そんなふうに飲み物なんかを買いに行ってあげるんですが、ちゃっかり自分の分もせしめちゃう(笑)」

そんな話を、ご主人は傍らで目を細めて聞き、傍らのアイメイトも目をキラキラさせる。笑顔が絶えない石田さん一家だ。

 

アイメイト55周年記念誌『視界を拓くパイオニア』(2012年発行)より 

文・写真/内村コースケ

2018年5月30日公開