アイメイトとの出会いが引き寄せた「自由の海」

「水中の無重力状態のような感覚が大好き。タコやハリセンボン、フグ・・・。水中の色々な生き物も触ったりするんですよ」海の話をすると、満面の笑みが広がる。八方順子さんは、アイメイトを得てからスキューバダイビングを始め、今では年に2、3回は沖縄の海を潜っている。4年前にはサイパンにも遠征した。

水中のアイメイト 

八方さんにとって、オフを過ごす沖縄はできればずっとそこに居たい理想郷だ。一方、生活の場である東京は、スイッチが「ON」になる場所。企業内の治療室のヘルスキーパーとして、社員に針やマッサージをするのが毎日の仕事だ。通勤に、買い物に、日常のあらゆるシーンでアイメイトが活躍する。

沖縄では、アイメイトは海辺までは一緒だが、もちろん水中には潜らない。代わりに八方さんの目になるのは、バディ(一緒に潜る1人から数名のパートナー)を組むインストラクターやベテランダイバーだ。

「相手の肘を持って潜ります。手で合図を送ったり、慣れてくるとしゃべりながら潜ることも。不思議と声が聞こえるんです。水中のアイメイトですね(笑)」

 

 

アイメイトと歩く。それだけで世界が開けた。

子供の頃に網膜色素変性症という病気になり、徐々に視力が低下して40歳を過ぎた頃に全盲になった。それまでは、理学療法士として病院でバリバリ仕事をしていた。それだけに、余計に落ち込んだ。白杖を使ってはみたものの、職場や自宅でつまずいて転んだり、壁にぶつかったりする。そんな自分が情けなくて悔しくて、物を投げて荒れたこともあった。そうなると、何もする気が起きない。大好きだった水泳や料理もできなくなった。

それでも、前を向いて生きていかなければいけない。年老いた母もいる。まずはまともに歩くこと。そのために、アイメイトを持ちたいと思った。最初は「病院に犬なんて」と言っていた職場の同僚も、苦しみながら前に進もうとする八方さんの姿を見て、背中を押してくれた。

協会で4週間の歩行指導を受けている間に、何よりも気持ちが楽になった。

「毎日アイメイトと外を歩く。周りから見ればそれだけのことかも知れませんが、私にとっては大きく世界が開けたんです。精神状態が変わりました。ストレスから解放されたんです」

気持ちが元に戻ったどころか、一歩先に向かった。

「弱視の頃も水泳をしたり体を動かすのは好きでしたが、スキューバダイビングは果たせなかった夢。自分には無理だろうと諦めていました。それが、歩行指導中の協会の居室で一人で過ごしている時に、『やってみよう』と思い立ったんです」今しかない。調べてみると、沖縄に障害者をサポートするダイビングショップがあった。早くチャレンジしたい。卒業前にも関わらず、すぐに申し込んだ。

アイメイトの愛情に支えられて

1頭目は10歳でリタイアさせた。15歳になった今も奉仕家庭で元気に暮らしている。2頭目は6歳。共に東京と沖縄、二つの世界で八方さんに寄り添ってきた。

「家に帰ってハーネスを外すと『お母さん』とくっついてくれるのが嬉しい。愛情に支えられて助けられた面もかなり大きいと思います」

アイメイトと暮らすようになってから10年ほど、自分の母親の介護も経験した。もちろん仕事と両立させた。転職もした。引越しもした。傍から見れば見えていた時よりも苦労が多いのでは、と思える。でも、きっと八方さんは「アイメイトがいるからそんなことないですよ」と笑顔で言うだろう。沖縄の海は、アイメイトと過ごす人生の、自由の象徴なのかもしれない。

 

 

アイメイト55周年記念誌『視界を拓くパイオニア』(2012年発行)より 

文・写真/内村コースケ ダイビング写真提供/案納 昭則

 

2017年8月5日公開