家族愛に支えられて

アイメイト使用者となるには、アイメイト協会で4週間の歩行指導を受けなければならない。それぞれの使用者にその思い出や苦労があるが、晴れてアイメイト使用者となった後の「戦いの歴史」もまた、積み重ねられている。

約半世紀に渡ってアイメイトと歩いてきた佐藤憲(さとう・けん)さんは、初めてのアイメイトと石川県の自宅に戻った時のことをこう述懐している。「通勤に使いたい、地域の活動や旅行にも一緒に行きたい。でも、いざ動こうとすると全然使いものにならんのです。犬と一緒では、バスは乗せない汽車は乗せない、タクシーは乗せない。これは困ったなあと」。1970年のことだ。佐藤さんはその後、奥様と共にバス会社に直談判したり国会議員に訴えるなどして、公共交通機関の自由乗車や、レストラン、ホテル、店舗などへの入店の道を切り開いてきた。

現在では、補助犬法や障害者差別解消法によって、アイメイト・盲導犬の存在を理由に乗車や入店を断ってはならないとされている。しかし、佐藤さんが「困ったなあ」と嘆いてから半世紀を経た今も、この社会全体のルールが末端まで浸透しているとは言い難い。まだまだ乗車拒否・入店拒否の個別具体的な報告は日々あがっている。

3年前にアイメイト使用者となった千葉県船橋市の生田明美さんも、アイメイトを得て「意気揚々と帰宅したその日から葛藤が始まった」と振り返る一人だ。アイメイト同伴で娘の保育園、タクシー、飲食店などに入るのに、予想外の苦労があったからだ。それを乗り越える秘訣は、肩肘を張った戦いではなく「家族愛」だったーー。

子供の送迎のために

生田さんは、ご主人の健一さんと自宅で鍼灸治療院を経営。小学校4年生の長男と保育園児の長女がいて(※学年は取材当時)、弱視で白杖使用者の健一さんと協力して仕事と子育てをしている。アイメイトを得るまでは、ガイドヘルパーの同行援護もよく利用していた。

「ただ、ヘルパーさんをお願いする場合は、子供を連れて行ってはいけないことになっています。例えば、子供を病院に連れていく際にヘルパーさんをお願いしようとすると、保険の問題でできない、責任が取れないからできないと、断られます」。視覚障害者の援助はできても、子供の世話は業務の対象外という理屈だろうか。自治体によって対応が違うようだが、制度の不十分さと責任回避体質が見え隠れする。

生田さんは、知り合いにアイメイト使用者がいたため、アイメイトがいれば単独歩行ができ、子供の送迎も自分でできるようになることは知っていた。協会に見学に行くとすぐにでもアイメイトを持ちたいという気持ちになり、下の娘が3歳になるのを待って歩行指導を受けた。「白杖でも、保育園への送り迎えなどはなんとかできていましたが、逆に『子供に連れて行ってもらう』という感じでした。やはりアイメイトがいれば、自分が責任を持って送迎などができると思いました」。

 

成人後に失明

小学校1年生の時から、ぶどう膜炎(目の中に炎症が起きる病気)により、緑内障や白内障が出て、見えにくくなった。成人したころから白杖を使うようになったが、それまでは視覚障害者だという自覚はあまりなかった。黒板の文字がほとんど見えない状態だったが、「私は普通の人と同じだ」と、普通学級で過ごしてきた。

「20歳の時に、眼内レンズを埋め込む手術をしました。その直後は1.0くらいまで見えて、『すっごい!なにこの世界!』って。あっと言う間に下がっちゃったんですが、そういう“見える世界”を一度経験しているんです」

だが、手術から10年後の2006年に失明。翌年に本格的な白杖歩行の指導を受けた。「でも、白杖って怖くて。歩く速度も遅いし。やっぱりヘルパーさんがいた方が楽なので、(移動の)ほとんどはヘルパーさんか、旦那さんか、子供たちに連れて行ってもらう感じでしたね」。

アイメイトがいる今は、年に1、2回しかガイドヘルパーを頼まなくなった。「全く知らない所に行くときは、地図が(頭に)入っていないのでお願いします。右後ろにいてもらって、周りの状況や道順を教えてもらいます。それ以外は頼ることはありません」。

 

保育園やタクシーで・・・

アイメイト協会での歩行指導合宿は、比較的スムーズに卒業することができた。最初は指示を出しても犬が全く動かないという苦労もあったが、信頼関係が醸成されるのにそれほど長い時間はかからなかった。明るく前向きな性格と、実家で犬を飼っていてもともと犬が好きだったのもプラスに働いたのだろう。2016年6月に、晴れてアイメイト使用者となった。

「これからは誰の力も借りずに自由に外出ができるんだ」と、大きな期待を胸に協会を後にした。しかし、自宅に帰ったその日から、新たな葛藤が始まった。「さっそく保育園に娘を迎えに行ったのですが、玄関から先へはアイメイトは入れてもらえなかったのです」。表向きの理由は、子供たちがアイメイトを見てはしゃいだり触ったり、他の保護者との間で何かあったら生田さんたちの方が困るだろう、というものだった。「多分、言い訳です。他でもだいたいそうなんですよ」。あたかもアイメイト使用者側を心配しているような言い方は、入店拒否や乗車拒否の典型的な対応だ。「(あなたのことが)心配なんですよー、ってだいたい言うんです。でも、(本心は)多分、嫌なんだと思います。何かあった時に」。

補助犬法などについて説明しても、保育園の現場の人たちはなかなか分かってくれなかった。それでも、上層部につないでくれただけ良かった。交渉の結果、最終的には「お母さんが大丈夫でしたら良いですよ」ということで、アイメイト同伴で教室まで入れるようになった。

タクシーの乗車拒否にも2度遭った。どちらも同様のパターンだ。「最初はドアを開けてくれるんですよね。でも、犬を見た瞬間に閉めるんですよ。旦那さんが抗議しなかったら、そのまま走り去ったでしょうね」。理由を聞くと、「犬はダメなんだ」と予想通りの返答。盲導犬だと説明すると渋々乗せてくれたが、「嫌だけど特別に乗せてやる」と言わんばかりの態度で、決して自分の非や無知を認めようとしない。後に市役所の相談窓口を通じてタクシー会社にそうした応対を改めるよう申し入れると、「普通の犬かと思った」「犬かどうか分からなかった」「ハーネスを持っているのが見えなかった」と言い訳が二転三転。「以前盲導犬を乗せた時に毛がついて嫌な思いをした」「臭かった」などと侮蔑的な言葉もあった。

 

「現場」と「本社」の温度差

最近の乗車拒否や入店拒否の顛末は、たいてい次のような形を取る。まず、現場の人が「盲導犬の存在を理由に乗車・入店・入場を拒否してはならない」という社会のルールを知らないため、「衛生上問題がある」「お客様自身に何かあってはいけない」「犬が苦手な方もいらっしゃいますので」などと頑なに断る。それに対し、使用者や家族が、その裏付けとなっている補助犬法や障害者差別解消法について説明すると、店の奥に引っ込んだり、上司に電話をかけた末に、渋々認める。

筆者もつい先日、この『使用者インタビュー』のためにアイメイト使用者と共に大手チェーンのファミリーレストランに入ろうとしたところ、もう何度目かも忘れたこのパターンにでくわした。「アイメイトと何度も入ったことがあるので大丈夫」と決めた店だったが、たまたま対応した店員が新人だったり常識がなければ、それがそのまま店の対応となってしまう。「店長が変わってから入店できなくなった」という話も、うんざりするほど何度も聞いている。

生田さんの体験談にも、大手ショッピングモールのテナントで同様の話がある。つまり、少なくとも大手企業や公共施設の場合は、さすがに本社や上層部は乗車・入店拒否をしてはいけないことは知っている。しかし、現場の末端までは浸透していないというのが日本の現状なのだろう。確かに、冒頭で紹介したベテラン使用者・佐藤憲さんが初めてアイメイト使用者になった時代と比べれば、進歩したとは言えるだろう。50年も経っているにしてはまだまだだと考えるか、そんなものだと鷹揚に構えるかは、人それぞれといったところか。

そんな中、生田さんの戦いの中には、事実上入店拒否が続いているケースもある。アイメイトを迎える前から行っていた日帰り温泉施設だ。初めてアイメイトと行くと、「(犬の)待機スペースがない」と入場を断られた。市役所を通じて交渉すると、今度は「うちには(盲導犬受け入れの)ガイドラインがない」という回答。アイメイトが清潔で人に危害を決して加えないことや法律の説明をすると、ようやく本社の社員と市役所の職員立ち会いのもと、待機スペースを検討することになった。ところが、「ここなら」と提案された場所は資材が山と積まれた物置兼ボイラー室。とてもアイメイトを安心して待たせられる場所ではなかったが、「衛生的に問題があるので他の場所には入れられない」とのことで、今に至るまで交渉はストップしている。

 

「一人で頑張るのはやめにしよう」

こうした社会の壁に何度もぶつかるうちに、明るい生田さんもさすがに落ち込んでしまった。「何のためにアイメイトをもらったのだろう?これじゃあ、以前のようにガイドヘルパーさんや家族に頼って出かけた方がましだよ」と毎日のように悩み、体調も崩してしまった。

「でも、半年ほど経ったころでしょうか。『もう一人で頑張るのはやめにしよう』と思うことで、アイメイト歩行を楽しめるようになりました。旦那さんや子供たち、そして、アイメイトだって家族じゃない。家族みんなで楽しくお出かけして、分からないところは気軽に誘導してもらえばいいんじゃないの?それに、拒否されたら市役所の相談窓口もあるんだし・・・。そう開き直ることができてから、パートナー(アイメイト)とのお出かけがとても楽しくなりました」

思えば、アイメイトを得たことで、自分一人で何でもしなければいけないという気持ちが強くなりすぎたのかもしれない。「入れてもらえなければ、まあ、入れてもらえるように頑張って言いますけど、それでもだめなら行かなければいいだけですし(笑)」。

それに、どうしても一人でやらなきゃ、一人で買い物しなきゃ、自立しなきゃいけないんだと強く思っていると、表情が固くなるんでしょうね。それで、周りの印象も良くなくなったのかもしれませんね。

肩の力を抜いてから、嫌な思いをすることも少なくなった。

 

アイメイトによる「自由」が「不自由さ」を上回る

ご主人の健一さんと共に大の音楽好き。子供たちの名前も、音楽にちなんだ奏(かなで)君、音々(ねね)ちゃんだ。アイメイトライフに余裕が出てきた今、喉を痛めて中断していたサックスを再開した。隣町の教室へ、電車に乗って週1回アイメイトと共に出かける。奏くんのバイオリン、音々ちゃんのピアノと合奏も楽しめるようになり、家族の絆がますます深まったと感じる。

家族で出かける時も、アイメイトがいるとすごく助かります。今までは白杖を持って旦那さんや子供たちにつかまっていたので、何も持ってあげられない。アイメイト歩行なら、(片手が空くので)私が娘の手を引いたり、荷物を持つことができます。途中で旦那さんと分かれて、『じゃあ、私は病院に行くから、あなたは先に子供たちを連れて帰って』というようなこともできる。誰かの予定に合わせて行動しなければいけないという不自由さもなくなりました。白杖では何度も畑に落ちたりもしましたが、アイメイト歩行では一切危険な目に遭っていません。

最初は、「入店拒否」というアイメイトがいることによる不自由さに悩んだ。今は、アイメイトがもたらす自由がそれを上回っている。

 

 

文・写真/内村コースケ(2018年12月取材)

 

 

 

 

 

 

 

2019年10月24日公開