元使用者としてのリタイア犬奉仕

アイメイトは、引退するとリタイア犬奉仕家庭に引き取られ、家庭犬として余生を過ごす。リタイア犬奉仕者には、家族として迎え入れて愛情を注いで大事にしてくれさえすれば、特に定められた条件はない。そして、稀に使用者自身がリタイア犬奉仕者となることもある。パートナーをアイメイトの仕事から引退させた後も、そのまま家庭犬として一緒に暮らし続けるケースだ。ただし、リタイア犬と現役アイメイトを同時に迎え入れることはできないため、リタイア犬と暮らしている間はアイメイト歩行ができないということになる。

蔵元茂志さんは、そんな、自身のアイメイトをそのままリタイア犬として迎え入れた元使用者の一人だ。なぜ、アイメイト歩行を中断してまでその決断をしたのか。それまでのアイメイトライフとリタイア犬奉仕の日々の違いは?聞きたいことをいくつか抱えて、蔵元さんが暮らす宮崎県三股町(みまたちょう)を尋ねた。

「一度は最後まで看取りたい」

三股町は、都城市と宮崎市に挟まれた内陸部にあり、質の高い宮崎牛の産地としても有名な農業と畜産業の町だ。蔵元さんは、町の中心部に近い住宅街の一軒家で奥様と2人暮らし。自宅の一角で鍼灸マッサージの治療院を営んでいる。3頭目のアイメイトだった「クイニョン」を2023年5月に引退させ、リタイア犬となった後もそのまま一緒に暮らしてきた。

「約20年間アイメイトにすごく良い経験をさせてもらってきて、『最後まで看取る』ということを一度は経験してみたかったんです」と、蔵元さん。クイニョンはインタビュー当時、大型犬としては超高齢と言える13歳。衰えは着実に来ていた。訪問の少し前に体調を崩して一時は寝たきりになり、取材をキャンセルせざるを得ない可能性もあった中、取材日のクリスマス・イブまでに奇跡的に回復。また歩いたり食べたりできるようになっていた。夫妻にとってはそれが最高のクリスマスプレゼントになった。

ご自宅を訪ねた時には、クイニョンはポカポカと南国の陽光が差す縁側でまどろんでいた。やがて話が弾んで蔵元さんが趣味のギター演奏を披露すると、ゆっくりと歩いてきて、蔵元さんの足元に伏せた。優しいメロディーが心地良さそうだ。「ギターと同じくらい旅行も好きです。小さい夢ですが、東京まで陸路で行ってみたいとずっと思っていました。福岡から東京行きの高速バスがあって、それに乗ってみたかったのです。ただ、狭い所に長時間じっとしていることになる旅にアイメイトを付き合わせるのは気が重い。だから、これまでは実現できませんでした」。

アイメイトと新幹線やフェリーの旅はしたことはあっても、高速バスによる長旅には踏み切れなかったといい、それをクイニョンのリタイア後に実現させた。身一つで白杖を手に宮崎から福岡までと、東京行きの高速バスを乗り継いだ。東京で2日ほど過ごして、また高速バスで福岡へ。福岡から三股までは電車で帰ってきた。さらには、昨年6月に、オランダでの1週間ほどのエコツアーに参加した。初対面同士の9人のグループで、視覚障害者は蔵元さん一人だった。

「アイメイトがいることで生活の質がだいぶ上がって感謝しているのですが、逆にやりにくいこともありますよね。(アイメイトの使用を中断しているのは)そこの部分を一時謳歌してみたかったという面もあります」

3頭のアイメイトとの暮らしで「自信がついた」

先天的に視覚障害があり、30代で初めてアイメイトを迎えた。20代は就職先の神戸で過ごしたが、神戸での歩行は、歩道がしっかり整備されていて白杖でも問題はなかった。「でも、こっちに帰ってきたら道路事情が全くよろしくない。白杖での歩行がままならなくなってしまったんです」。今でこそ、蔵元さんの自宅前にも歩道が整備されているが、当時は良くて歩道と車道が白線で区別されている程度だった。「今まで自由に歩けていた分、ギャップがすごくて」。どうしたものかと悩んでいた時に、周囲から盲導犬を勧められた。

どこの団体から迎えるか悩んだ末、アイメイトに決めた。「(他団体を含めて)色々と見学したんですが、やっぱりアイメイト協会は訓練・歩行指導の質が高いと思いました」。歩行指導中のエピソードを聞くと、笑いながらこんな話を明かしてくれた。「踏切を渡る練習をしていた時に、頭にゴツンときたんです。僕は絶対に先生(歩行指導員)に怒られた、ゲンコツを食らったと思ったんですが、実は遮断機が降りてきて頭に当たったということでした。先生は私とアイメイトの安全を確保しながらも、『そんなに笑うんか』というくらい大爆笑していました」。よく注意されたのは、柔和な性格ゆえ、犬にきちんと伝わるような態度で叱ることがなかなかできなかったこと。「甘いとよく言われましたね」。

アイメイトと共に趣味のギターでステージに立つことも多かった(2012年撮影。蔵元さん提供)

1頭目の「アース」は大人しい性格のオス。「僕のギターや携帯の着メロに合わせて“歌う”子でした。協会からは『それはやめて』と言われたんですけどね(笑)」。ともあれ、アースを迎えたおかげで、道路状況に関わらず再び自由に歩けるようになり、休日に遠出をする機会も増えていった。バンド活動で宮崎市内に電車で1時間くらいかけて行ったり、イベント出演のため東京や福岡へ行くこともあった。マラソンを始めるなど、趣味も増えていった。

「アイメイトを通じて交友関係が広がったのも大きな変化ですね。アイメイトがいなければ大好きな『旅』に出会うこともなかったでしょう。自分の足で歩いてさまざまな人と交わる。一言で言えば自信がつきました」

2頭目の「アンドレ」の晩年に結婚し、3頭目の初めてのメス、クイニョンとはずっと奥様と3人の生活だ。前の2頭とは、1対1のパートナーとしての絆を感じながらの生活だった。クイニョンとはより「家族」としての絆を感じる。前の2頭はリタイア犬奉仕者に引き取ってもらったが、関係性の違いもまた、クイニョンを自分で引き受けることにした要因かもしれない。

老犬の歩みに合わせてゆっくりと

リタイア後は当然、アイメイトのハーネスをつけて歩くことはできないから、白杖を片手に時には自分で、時には奥様がクイニョンのリードを持って3人で散歩に出かける。取材時には、自宅にほど近いカフェまで一歩ずつ進むクイニョンの足取りに合わせて、ゆっくりと向かった。

「今でこそこんな感じですが、来た当初は相当おてんばだったんですよ。ちょっと油断をしていたら猫に気を取られてしまったこともあります。もちろん、信頼関係ができ上がってからは、すっかり安全に歩けるようになりましたが。今がちょうど一緒にいるようになって10年です」

臭いを嗅ぎまわりながら歩く様子は、アイメイト時代にはなかった姿。蔵元さんの方は、クイニョンの散歩中に電柱に頭をぶつけるという初体験をした。「年齢を重ねてから、だいぶわがままになったかな。今日は散歩に行きたくないとか今日はここまでしか歩かないとか、頑固に意思表示をするようになりました。それもまたかわいいですけどね」。案内してくれたカフェでもクイニョンは人気者。でも、現役時代と違って、今はこんなふうに一緒に入れる店や施設は少ない。「留守番させなければいけないことが増えたなど、良くも悪くも現役時代と変わったことはたくさんあります」。

アイメイトと育成に関わった人々への感謝を胸に

そうしたことも含めて、大切な2年余りの日々だった。取材から約1年後の2025年11月、クイニョンは静かに天国に旅立った。14歳の誕生日の1週間後。老衰と言える穏やかな最期だった。少し落ち着いた頃に、改めて蔵元さんに電話で話を聞いた。

「前の2頭は奉仕者の方々に看取っていただいたわけですが、今回はより一層、いつか必ずこの日が来るという覚悟を持ってクイニョンとの日々を過ごしていました。『一生を無事に終えられた。良かったね』とネガティブには捉えないようにしています」

冒頭に書いたように、自分でリタイア後の面倒を見るという経験を、一度はするべきだと思ったという蔵元さん。それを終えた今、改めて感想を聞いてみた。「想定していた通り別れは辛いし、ある意味大変でした。特に晩年は老犬の世話を全盲の人間が一人でするのは大変な困難だと思いました。病院に連れて行くのも抱きかかえて車に乗せるのは大変でしたし、そもそも車が運転できないと連れていけない。家でも、トイレの粗相をしたり夜中に吐いたりすると、どこにしているのか分からない。(晴眼者の)妻と二人三脚でなければ成り立たなかったです。改めて奉仕者の方々への感謝の念が増しました」。もちろん、そのうえで注げるだけの愛情は注いだ。後悔はない。

今のところ、すぐにはアイメイト歩行を再開するつもりはないという。「一つには、この辺りの道路事情もだいぶ良くなって、白杖でも十分に歩けるようになったことがあります。それから、一人の方が心置きなくできるバス旅などをもう少しやってみたいな、というところですね」。4月には、奥様と名古屋へ旅をする予定。「その後、台湾にも行ければいいなあと思っています」。

確かに、乗車環境や交通事情があまり良くない国などへは今の方が行きやすいかもしれない。でも、アイメイトがいるからこそ、行ける場所、できることもたくさんある。それも良く分かっている。

「20年間アイメイトと暮らして、間違いなく生き方が積極的に変わったし、人生観も変わりました。アイメイトと、育成に関わってくださったみなさんに感謝しています」

文・写真/内村コースケ(2024年12月・2026年3月取材)

2026年3月24日公開