アイメイトが開いた世界への扉

大学生の頃、白杖で東京の郊外にあるキャンパスに向かう途中、畑の脇の用水路に落ちた。年頃の女性のこと。けがの心配よりも恥ずかしさでいっぱいになった。

先天的に全盲の下口聖子さんは、子供の頃から盲導犬に憧れていた。「盲導犬と自由に歩く人の話に、いいなあ、かっこいいなあと憧れみたいなものがあったんです。ずっと白杖で歩いて来ましたけど、落ちたりぶつかったり、杖が曲がってしまったり、歩くのが楽しくないんですよね。やっぱり犬かなあ、と」。

そして、大学卒業後間もなく、アイメイトの『ユリア』と共に歩み始めた。

この子がいればどこへでも行ける

全然変わりました。世界が全く違った。好きな時にコンサートに行けたりとか、好きなお店に行ったりとか、本当に楽しかった。

留学先のカリフォルニア大学バークレー校で1頭目のアイメイトと(下口さん提供)

その道が、ついには太平洋を超えてアメリカにつながった。1985年、渡米。カリフォルニア大学バークレー校で図書館学を学ぶためだった。

「当時、インターナショナルスクールの図書館で働いていました。蔵書のカタログをタイプしたり、日本語のテレビ番組を英訳したりと仕事は充実していたのですが、図書館にもだんだんパソコンが導入されてきたんです」。いずれ自分の仕事がパソコンに取って代わられるのではないか。そんな不安が、より自分の専門性を高めたいという意欲につながった。

この分野で先進的なのはアメリカ。「この子がいれば行ける」かたわらのユリアの顔を見ていると、勇気がわいてきた。

 

 

もう一つの大きな出会い

授業についていくのは大変だった。アメリカ人の学生なら知っていて当然のことが分からなかったり、英語もそれほど自信があったわけではなかった。だが、アメリカは自己主張をしなければ何も進まない国。分からないことは積極的に質問をして一つ一つ解決し、家でも宿題やレポートと格闘して食らいついていった。そんな努力が実り、2年でマスターコースを修了。図書館情報修士の学位を得た。結果的にこの学位がその後のキャリアに直接生かされることはなかったが、「その気になればどんなチャレンジだってできる」という自信につながった。

そして、また一つ世界が大きく変わる出会いが、アメリカにあった。「2年目かな。リーダー(本の読み上げや図書館の探し物などのサポートをする人)を新たに募集したところ、同じコンピュタープログラミングのコースを取っていた日系アメリカ人の男性が応じてくれた。日本のことにすごく興味を持っていたこともあって親しくなりました。それが今の夫です」。

卒業式の日に日本にいる父を亡くし、そのすぐ後にユリアも病気で亡くすという悲しい出来事もあった。それでも、アメリカでの新婚生活に向かう勇気を与えてくれたのが、2頭目のアイメイト『ビーバートン』だった。結婚後はご主人の職場の関係で、バークレーから同じカリフォルニア州のサンディエゴに転居。5年間を過ごした。主婦業のかたわら、コミュニティ・カレッジで医療事務の勉強をするなど新たなチャンジも経験した。

アメリカで知り合ったご主人、2頭目のアイメイトとサンディエゴにて(下口さん提供)

家族で過ごす幸せ

57歳になった今、地元の大学の図書館で働くご主人、4頭目のアイメイトと愛知県日進市に暮らす。「夫の影響でカヤックを始めたんですが、この子はレトリーバーなのに水に足をつけるのも嫌がるんですよ。一緒に乗る時は水に入らなくていいように、船着場を見つけるのが大変」。家族の話になると、キラキラとした笑顔になる。これからは、家族で自由に過ごす時間をもっと増やしたいと思っている。

アイメイトがいなかったら、アメリカに行こうなんて思いもしなかった。向こうで価値観も物事への興味も大きく広がりました。アイメイトとの出会いが、私の世界を一気に広げてくれたんです。

 

アイメイト55周年記念誌『視界を拓くパイオニア』(2012年発行)より 

文・写真/内村コースケ

2018年3月20日公開