8年間を共にしたアイメイトに感謝を込めて

アイメイトの使用を希望する人は、18歳から歩行指導を受けることができる。現在の最高齢使用者、佐藤憲さん(石川県在住)が80代半ばなので、最長で約70年アイメイトと歩ける計算だ。

ただし、犬の寿命は人間よりもずっと短い。自由に歩き続けるためには、「代替え」は避けられない。アイメイトに定年はなく、引退の時期は原則的に使用者の判断に任されているが、犬の体力などを考えて10歳程度で引退させ、次のアイメイトとの歩行指導に臨む人が多いそうだ。最高齢使用者の佐藤さんは現在、6頭目のアイメイトと歩いている。

今回お話を伺った東京の下町に暮らす砂川静香さんは、最近2頭目のアイメイトを迎えたばかり。1頭目の引退を間近に控えた時期に、初代のアイメイトとの8年間と、代替えを決心した際の思いを語ってもらった。

命をつなぐため

砂川さんは、ご主人とアイメイトの3人暮らし。腎臓の持病のため12年ほど前から週3回人工透析に通っている。失明したのは透析を始めて3年ほど経ってから。その後間もなく迎えたアイメイトとは、長年一緒に病院に通ってきた。

「1カ月ほどの間に急激に見えなくなりました。原因は不明。そのため、通院が難しくなりました。当時通っていた病院では、私の住んでいる地域までは送迎はしてくれなかったのです」。最初のうちはご主人が昼休みに仕事を抜けて送迎を手伝ってくれたが、限界があった。「駅で長い間じっと主人が来るのを待っていました。3カ月くらいでしたかね。あとから知りましたが、その間主人はお昼抜きだったようです」。

白杖歩行も習ったが、中途失明でなおかつ急に見えなくなった砂川さんの場合、視覚以外の感覚で“視界”を得るのは困難だった。「ここで音がこもっているから壁があるとか、風が変わったから道があるとか、そういうことが全然分からない。自分にはそんなのやっぱり無理なんです。ということは、犬がいいのかなと思いました」。

もともとは、「急にワンワン吠えてくるのでどうしていいのか分からない」ので犬は苦手だった。だが、通院する術がなくなれば、それは死につながる。ご主人の勧めもあり、アイメイト協会に歩行指導を申し込んだ。歩行指導中は、協会の近くの病院を自分で手配して透析に通うことにした。

 

アイメイトがいれば寂しくない

それまで通っていた病院は、歩行指導に入る前に確認したところ、犬はダメだとアイメイトの受け入れを拒否した。本来あってはならないことだが、幸い理解ある病院が比較的近所に見つかった。無事歩行指導を終えてアイメイトと共に自宅に帰ると、早速、その新しい病院に通い始めた。

「どの病院でもそうだと思いますが、透析室までは衛生上、アイメイトでも入れません。だから、病院に着いたらナースステーションのテーブルの下で待っていてもらっています」。どの使用者にどの犬を渡すかは、協会の判断で決める。そういった事情も配慮してのマッチングだったのだろう。砂川さんの初めてのパートナーは、数時間静かに待つことを苦にしない落ち着いた性格。そのおかげで、安心して透析を受けることができた。

「私、飲み歩くのが好きなんです(笑)。お店でも家でも、食事中はこの子(アイメイト)は絶対にブルブルしません。焼肉だろうが唐揚げだろうが、目の前にお肉があっても知らん顔。病院でのことだけでなく、社会に出ていくためのルールとマナーを守ってくれることにどれほど助けられたか分かりません」

失明する前、砂川さんは病院の検査技師だった。毎日顕微鏡を覗いているような目を使う仕事だ。だから、仕事は辞めざるを得なかった。「目が見えないということは、すごく孤独なんです。白杖で歩く時もそう。自分も以前はそうでしたけれど、白杖を持っている人がいたら、なるべく邪魔をしないようにそっとしておいてあげようと思ってしまいますよね」。

でも、アイメイト歩行は孤独ではないと言う。「ちゃんと障害物を避けたりしたら『Good』と褒めるなど、色々と声をかけながら歩きます。デパートに買い物にも行けるし、コンサートやディズニーランドにも行きます。アイメイトは、私が世話をしている分の、何倍ものことを与えてくれます。アイメイトがいれば寂しくありません」。

温厚なご主人との夫婦仲は、とても円満に見える。「でも、私に対するイライラもあると思うんですよ。急に見えなくなったから、それまで普通にやっていたことができないわけですから。郵便物に目を通すのも、書類に記入するのも全て主人。背負うものがいっぱいある。動物は癒やしになりますから、主人にとっても、アイメイトがいるおかげでかなりストレスが和らいでいると思います」。

 

引退後は院長宅で

当然のことながら、アイメイトは一頭一頭がかけがえのないオンリーワンな存在だ。そういう意味では、決して「この子の代わり」など存在しない。それでも、1頭目を引退させ、次のアイメイトを迎える決心をした。

「私だけでなく、主人も寂しい。でも、私は透析に通わなければいけない。つまり、アイメイトが歳を取っても介抱してあげられないのです。最後まで一緒にいてあげられない。だから、元気なうちにリタイアさせて新しい家族に迎えてもらわなければかわいそうだという気持ちがあるんですね。9歳半くらいの時に引退させて次の歩行指導を受ける申し込みをしようと決めました」。ちょうどそのタイミングでお世話になっている病院の院長がリタイア犬奉仕を申し出てくれて、安心して老後を託すことができた。

「1回でいいから見てみたい」のが、失明してから完成した東京スカイツリーと「アイメイトの顔」だという砂川さん。今、2頭目のアイメイトとの新たな歩みが始まったばかりだ。これから先も、それぞれのアイメイトと物語を重ねるうちに、いつかその愛情に満ちた顔が確かな形で脳裏に浮かぶ日が来るかもしれない。

 

文・写真/内村コースケ (2017年9月取材)

 

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